2010年6月30日水曜日

名誉毀損の要件(4)-事実の摘示と意見論評-

事実の摘示と意見論評との区別は,

名誉毀損訴訟においては,極めて重要である。

具体例でみてみる。

取り上げたのは,小澤一郎と民主党が,週刊誌等に対して提起した名誉毀損にかかる謝罪広告等請求事件の第一審判決である(東京地裁平成19年8月10日判決,平成18年(ワ)第19755号・判例タイムズ1257号173頁)。この一審判決は,事実の整理,法的解釈,事実の摘示と意見論評との区別の詳細さにおいて最高裁判決を踏まえた見事な内容となっている。

まず,
「裁判所の認定した事実」
を判決のとおりに引用しておく。


1 本件記事の内容は,別紙3のとおりであり,本件記事に摘示されている具体的事実は,次のとおり整理することができる。
(1)原告小澤の政治資金管理団体である陸山会の収支報告書には,次の10戸のマンションが記載されており(以下,個別のマンションは,〔1〕~〔10〕 の番号ないしマンション名で表示する。),その購入価格合計は,約6億1000万円とされている。与野党を問わず,これほど多くの不動産を所有する政治資 金管理団体は見あたらない。
〔1〕平成6年購入「元赤坂クラウン」 (購入価格1億5138万円)
〔2〕平成6年購入「マジェスタ麹町」 (購入価格1億1000万円)
〔3〕平成6年購入「セルシオ赤坂」 (購入価格1699万円)
〔4〕平成6年購入「レクサス赤坂志津林」 (購入価格1650万円)
〔5〕平成7年購入「ランクル赤坂」 (購入価格1億7000万円)
〔6〕平成11年購入「プラド赤坂」 (購入価格2410万円)
〔7〕平成13年購入「ハリアー赤坂」 (購入価格3264万円)
〔8〕平成13年購入「アルファード南青山」 (購入価格3320万円)
〔9〕平成15年購入「エスティマ勾当台公園」 (購入価格3000万円)
〔10〕平成15年購入「カローラ開運橋」 (購入価格2650万円)
(2)そこで,上記収支報告書に記載された本件不動産の登記簿を確認してみると,登記簿上,全てが原告小澤の所有とされていた。うち〔1〕~〔8〕の8戸 は,東京都内にあり,特に都心の赤坂付近の一等地に集中している。〔9〕,〔10〕は,盛岡駅前と宮城県庁前の各1戸のマンションであった。これらは,原 告小澤の「議員の資産等報告書」には記載されていない。
(3)さらに,本件不動産について現地調査等してみると,次の事実が判明した。
〔1〕平成13年購入の「アルファード南青山」(〔8〕)は,地下鉄半蔵門線青山一丁目駅に近い約33平方メートルのマンションであり,単身者向けのマンションとみられるが,郵便受にはガムテープが貼られている。
〔2〕平成6年購入の「マジェスタ麹町」(〔2〕)は,原告小澤が理事をしている財団法人「ジョン万次郎ホイットフィールド記念国際草の根交流センター」に貸してある。
〔3〕平成6年購入の「セルシオ赤坂」(〔3〕)は,民間会社に貸してある。
〔4〕平成6年購入の「レクサス赤坂志津林」(〔4〕)は,電気メーターも止まっており,郵便受にはチラシ類が溢れ,人が住んでいる気配がない。
〔5〕平成7年購入の「ランクル赤坂」(〔5〕)は,関係者からの聞き取りによると,元側近の代議士を住まわせていたことがあり,今は,原告小澤の東京事務所として使われているという。
(4)原告小澤の事務所に質問書を送付したところ,秘書から,次の回答があった。
「 政治団体(政治資金管理団体を含む。)は法律的に『権利能力無き社団』であるので,登記実務上,政治団体名で所有権等を登記をすることができず,また,同様に通常,政治団体が金融機関から直接資金を借り入れることができません。
 つまり,現行政治資金規正法等では,政治団体が不動産を所有する場合,その代表者名義で登記せざるを得ません。(中略)
 ご指摘の物件も全て,小沢議員の個人資産ではなく,『陸山会』が所有しているものです。また,その購入に際しての資金,物件の公租公課,管理費等の負担の主体は,当然『陸山会』です。」



裁判所の法的判断
については,少しずつ区切りながら解説をつける。
引用については,そのままであるが,いずれも,従来の最高裁判例等を踏まえ,極めて,よくまとまった内容となっている。

「週刊誌の記事が名誉毀損の不法行為の構成要件をみたすためには,当該記事が人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させる性質のものであれば足りると解すべきであるが,」


これは,名誉毀損の構成要件該当性を示している。
名誉毀損の構成要件該当性は,真実の有無を問わない。

「その違法性及び故意,過失については,問題とされる表現が直接事実を摘示するものと認められ る場合には,当該表現行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,専ら公益を図る目的に出たものと認められるときは,摘示された事実の重要な部分が真実で あることの証明があれば,違法性を欠き,また,真実性の証明がなくても,表現者において同事実を真実と信ずるについて相当の理由があるならば,故意,過失 が否定され,」

これが,違法性・責任阻却事由としての,最高裁理論「真実性・真実相当性法理」である。



「また,問題とされる表現が摘示された事実そのものでなく,一定の事実を基礎として表明された意見,論評であると認められる場合には,当該表現 行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,専ら公益を図る目的に出たものと認められるときは,意見,論評の前提とされた事実が重要な部分について真実で あることの証明があれば,表現内容が,人身攻撃に及ぶなど意見,論評としての域を逸脱したものでない限り,当該表現行為は,違法性を欠き,また,真実性の 証明がなくても,表現者において同事実を真実と信ずるについて相当の理由があるならば,故意,過失が否定され,不法行為責任が否定される。」


一見して分かりにくいと思われるが,事実の摘示と意見論評とは厳密に区別される。


簡単にいえば,事実の摘示であれば,真実性・真実相当性法理の要件を具備しなければならないが,意見論評であれば,「人身攻撃に及ぶなど意見,論評としての域を逸脱」しなければ許されるということになる。

「そして,上記の摘示された事実による名誉毀損と一定の事実に基づく意見,論評による名誉毀損とは,社会的評価を低下させると認められる表現が摘示された事実自体によるも のであるか,それとも意見,論評部分によるものであるかによって区別されるべきであり,上記区別は,一般の読者の普通の注意と読み方によって当該記事を解 釈することにより行うべきものであると解するのが相当である。」


事実と意見(論評)との区別の基準を示している。
これも最高裁判例が示した判断基準である。
ただ,この基準は,実質的には,何によって判断されるかが曖昧である。
それで,後記でも示す


「証拠等をもってその存否を決することが可能な原告小澤に関する特定の事項」


か否かが,実際上の実質的な基準となる。


「さらに,上記違法性や故意,過失について検討する際には,次のことにも留意しなければならない。
 憲法21条1項が保障する言論,出版その他一切の表現の自由は,基本的人権のうちでも特別に重要なものであり,特に,国権の最高機関であり,国の唯一の 立法機関である国会の両議院の議員として国政に関わる国会議員が議院における演説,討論等について院外で責任を問われない憲法上の保障を受けているのも, 議員が自由な表現によって批判され,評価が決定される仕組の中におかれるべきことと対応しているものと解するのが相当である。議員自身の表現の自由が最大 限尊重される一方,議員の政治的姿勢,言動等に関しては,国民の自由な論評,批判が十二分に保障されなければならないことは,民主国家の基本中の基本であ る。不法行為としての名誉毀損は,人の社会的評価に係る問題であるが,個人の立場には様々なものがあるのであり,特に政治家,とりわけ国会議員は,単なる 公人にすぎないものではない。議員は,芸能人や犯罪被疑者とは異なるのであり,その社会的評価は,自由な表現,批判の中で形成されなければならないので あって,最大限の自由な論評,批判に曝されなければならない。このことは,議員に関する表現行為が,名誉毀損の不法行為として表現者に損害賠償責任を発生 させるかどうかを検討する際にも十分考慮されなければならない点であり,また,論評としての域を逸脱していないかどうかについての判断に際しても,特に留 意すべき事柄であり,いやしくも裁判所が,限定のない広範な情報の中で形成されるべき自由な政治的意見の形成過程に介入し,損害賠償の名のもとにこれを阻害することはあってならないことである。」

長いが,言っていることは簡単である。

事実摘示ではなく,意見に関しては,その対象が「特に政治家,とりわけ国会議員」については,極めて広い範囲で認められるべきであるとする要旨であり,実際上,意見と認められれば名誉毀損の成立は極めて難しいという判断である。



この裁判例の特徴点は,事実摘示と意見(論評)との違いについての判断である。

「以上のとおり,性質上「事実」と認められる事柄については,全て真実と認めることができ,真実と異なるとの原告らの指摘もないのであり,その評価につき,原告らの見解と被告らの見解とが異なるにすぎないと解される。原告小澤に対する批判的記載の中に,他には,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として,前後の文脈や記事の公表当時に読者が有していた知識ないし経験等を考慮しても,証拠等をもってその存否を決することが可能な原告小澤に関する特定の事項を主張するものと理解することができるものはない。したがって,本件記事は,上記事項についての事実の摘示を含むものとはいえない。」


ここが判決の肝であり,同じ真実と認められる「事実」を基にして,

「原告らの見解と被告らの見解とが異なるにすぎない」

とされている。


裁判所の名誉毀損に関する構造で,最も重要なのは,

事実の摘示か否か

である。

これにより判断基準自体がまるで異なることになるのである。


その次の記載は,
特に権利能力なき社団に関する法的議論を踏まえて,事実摘示か否かに答えたものである。法的議論としては面白いが,ここでは省略しておく。

「5 原告らは,本件マンションは,陸山会が購入した陸山会所有の不動産であり,原告小澤の所有ではないと主張し,他方,本件記事は,「本件不動産が原告小澤個人が所有する資産であるのに,陸山会が所有する資産であるかのように装った」との事実を摘示して同原告の名誉を毀損する記事であると主張し,さらに, 本件見出,本件広告は,そのように読めると主張し,本件記事,本件見出,本件広告が,事実を摘示する名誉毀損であって,意見や論評とはいえないと主張するので,以下,更に敷衍して説明する。」

この後の記載は分断評価の可否等が判断されているが,本論の本質ではないので省略する。




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