2009年5月7日木曜日

孫子と交渉事・紛争解決(2)

 孫子曰く,兵は国の大事にして,死生の地,存亡の道なり。察せざるべからず。故に是を経むるに五事を以てし,之を校するに計を以てして,その情を求む。
 一に曰く道,
 二に曰く天,
 三に曰く地,
 四に曰く将,
 五に曰く法。(計 一)

 
改行勝手にした。
 孫子では,この後に各々の解説が続く。

 道
とは「民をして上と意を同じくせしむる」である。これは,弁護士の交渉事でいえば,依頼者と弁護士との信頼関係を言っているといってもよい。弁護士を使っての交渉事で最も大事なのは,依頼者との信頼関係である。依頼者側からみれば,勝手に意に反して弁護士に動かれても困るし,逆に弁護士側からみても,依頼者との意思疎通がなく,同じ方向を向いていなければ肝心の敵(相手方)との交渉中に後ろから矢を討たれる羽目となる。孫子は,一に「道」を持ってきており,意外に感じる方も多かろうが,十分に納得できる。依頼者と弁護士との関係は運命共同体と感じられるまで信頼関係を構築できるのがベストである。

 天
とは「陰陽・寒暑・時制なり」。これは,タイミング・時期的条件といってもよい。喧嘩をふっかけるとき,タイミング・時期は極めて大事である。動かないときは山のごとしにつながる(軍事 三)。
 
 地
とは「遠近・険易・広狭・死生なり」。 これは,環境的条件といってもよいか。
 「遠近」
で直ぐに思いつくのは,「管轄」の問題である。例えば,売掛金を追及する場合には,相手方の住所地で裁判してもいいし,売掛金債務は持参債務であることが通常であるから,当方の住所地で裁判もできる。「管轄」は,極めて実務的な問題で例えば司法試験の受験生やロースクール生にはピンと来ない場合が多いが,弁護士は極めて気にする問題である。地の利といってもよい。
 「険易」
は,勝てる見込みの話である。当然裁判に勝てる見込みが高ければ,裁判に至らない交渉事も強気に出ることができる。弁護士のメリットは,交渉と裁判とのハードルが極めて低いことであろう。もし交渉で駄目であれば裁判ということが交渉の当初から頭に入っていなければならない。
 「広狭」
は,孫子でいっているのは,戦争をする地理的範囲のことと思われるが,交渉事に応用すれば,どこまで手を広げていくかという話であろう。勝てる範囲だけで確実に勝ちを取りに行くか,それとも予防的に裁判では見込みは少ないかもしれないが手を広げていくかという選択は,紛争開始をする当初から決まっていなければならない。
 「死生」
は,生き死にの人数の計算であろうが,応用すれば,負けるメリット・デメリットと勝つメリット・デメリットという話であろう。勝ったは勝ったが,経営が傾いたとか,企業の信頼を落としたとかというのでは,本当に勝ったことにならない。交渉・裁判をする際に,どのようなメリット・デメリットがあるか当初から見定めておく必要がある。


 将
とは「智・信・仁・勇・厳なり」。「将」は戦争指導者のことだから,盆暗が上に立てば,勝てるものも勝てないということは言うまでもない。智・信・仁・勇というのは,能力の問題であるからひとまず置いて,ここでは「」に注目したい。「厳」とは,権威である。裁判官が法廷の中で権威を持つのは,判断者としての公平らしさを保つための絶対的要件である。弁護士が裁判を楯にするのは,法と国家権力を基礎とした権威があるからである。弁護士とて,多かれ少なかれ同じともいえる。個人の問題は勿論であるが,弁護士という職業的地位に対する信頼があってこそ,弁護士が介入することで解決に向かうのである。弁護士にとってみれば,職業的地位に対する信頼があってこそ,権威があるといえよう。弁護士会が余りに盆暗なら,これも又,「将」にふさわしくないとされる道に向かっているのである。

 とは「曲制・官道・主用なり」。制度的条件といえよう。法律が整備されない分野では,やはり交渉事も勝つことは難しい。交渉前に綿密な法理論・判例を調査することは必須である。民事の分野でも,法律等が遡及的に適用されることは珍しいといえる。
 ただ,判例は別である。判例は,やはり最高裁の判例は極めて権威が高く,交渉中は勿論,裁判中に新たな最高裁の新判例が出れば,状況が一変する可能性がある。
 例をとってみれば,最小三平成20年6月10日判決(平成19(受)569,第62巻6号1488頁)がある。
 ヤミ金から受け取った金額全てを清算無しで返還する必要があるとした判例であり,下級審判例では,概ね,ヤミ金といえども利息制限法所定の範囲では清算する必要があるとするのが趨勢であった。この判例により,ヤミ金は撲滅状態に向かうと評価できる判例である。私も経験しているが,ヤミ金が裁判所を使って債務者を食い物にしている現実的な話を率直に見た判例である。これにより,債務者の方において,貸付を受けた金を立証する必要がなくなったといってもよい。状況が一変する大きな可能性を秘めた判例である。