2009年5月8日金曜日

孫子と交渉事・紛争解決(3)

 故に勝を知るに五あり。
 戦うべきと戦うべからざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下の欲を同じうする者は勝つ。虞を以て不虞を待つ者は勝つ。将の能にして君の御せざる者は勝つ。
 この五者は勝を知るの道なり。
 故に曰わく、彼れを知りて己を知れば、百戦して殆うからず。彼れを知らずして己を知れば、一勝一負す。彼れを知らず己を知らざれば、戦う毎に必らず殆うし。(謀功 五)
 
 後段は極めて有名な段落である。前段の5つをまとめれば,ということである。
 
 「戦うべきと戦うべからざるとを知る者は勝つ。
  交渉事・裁判において,戦ってよい場合,戦ってはならない場合を見極めることは重要である。
  法的紛争の場合においてその峻別の方法は,事実関係と法律関係の強さということになろう。
  弁護士は,事件の筋ともいう。筋悪事件というのは手を出すべきではない。

 「衆寡の用を識る者は勝つ。
  孫子の兵法は戦争のやり方であるから,大兵力と小兵力の運用の仕方を知るものが勝つとでも訳せるであろうか。紛争解決に応用すると,証拠作成の役割分担というのがある。
 証拠は,裁判所に通じるように残し,作成する必要がある。「作成」というと聞こえは悪いが,例えば,電話を聴取したICレコーダを証拠として提出したいというとき,聴取報告書という形で,書面化する必要がある。その証拠の使用方法にもよるが,通常は,信頼有る業者に頼むのが一般である。費用はかかるが,機械的な作業を,弁護士自らが行ったりするのは効率的なものではない。
 証拠提出のために,医学論文の英訳をしたことがある。この英訳は専門業者に頼めば,かなり費用がかかる反面,あまりに専門的過ぎるため,思うような訳ができないのではないかと結局自分で訳した。それまでに裁判中に得ている知識で,専門的な英単語も推測がかなり可能であった。英文の証拠は,それ自体が証拠となり,訳は,証拠そのものではない。訳に間違いがあれば,それを否定する側が,指摘する必要がある,これも小兵力の運用にふさわしかった事例といえよう。

 「上下の欲を同じうする者は勝つ。
 依頼者と交渉に直接あたる弁護士とが意思統一されていなければ喧嘩には勝てない。
 そのために頻度の打ち合わせは必須である。

 「虞を以て不虞を待つ者は勝つ。
 謀略をし,謀略を知らない者を待つ者は勝つ。孫子は謀略を重要な位置付けにしているが,紛争解決でも同様である。騙し合いという側面があることは否定できない。
 簡単な例でいうと,内容証明の書き振りがある。
 内容証明を書くことは,実は極めて難しい。通常紛争となる場合,どちらかが100%正しいということはないし,どちらかに100%完全な証拠があるということも少ない。そのために,内容証明では,こちら側の主張で弱い部分とか,証拠が弱い部分については書きすぎないことが必要となってくる。付加していえば,内容証明の書きぶりで,相手の力加減も分かることもよくある。知財分野に関して明らかな知識がないとされる弁護士による内容証明も,よく見受けられる。

将の能にして君の御せざる者は勝つ。
 将が有能で,君子が過干渉しない者は勝つとでも訳せるか。前者は当たり前であるが,君子,これは依頼者とでもいえようか,余りに個別的なことにまで過干渉するのは交渉に勝つことからみれば適切ではない。人に任せる以上,ある程度の裁量があった方が好ましい場合も多い。裁量が余りになければ,即断即決も難しくなるので,早期の紛争解決としても好ましくない。

 彼れを知りて己を知れば、百戦して殆うからず。