2010年6月18日金曜日

証拠に基づく主張・・・恥ずかしい陰謀論

証拠に基づく主張・・・恥ずかしい陰謀論
[ 証拠を考える ]

Last updated 2010.02.14 12:36:54
http://plaza.rakuten.co.jp/utuboiwa/diary/201002130002/

法的主張は,

事実により決まる。

ある事実があるから,この法的主張で行く,

この法的主張をするための事実はあるか

という思考で進むことになる。



裁判でいう

事実

とは,

証拠により立証ができる事実

を意味する。



例え真の真実であっても,証拠で立証することができない事実は,

裁判上の真実

とはいえない。



真の真実と裁判上の真実とが一致しないことも,よくある。

真の真実が裁判上の事実とが一致しなかったが,

後に,真の真実が明らかになることもある。

未発見の科学的事実が典型的な例であろう。







一見,この議論とよく似ているが,

全く異なるものに,

「陰謀論」がある。







大きな事件が起こると,陰謀論が出てくる。

国会議員でさえ,陰謀論をふりかざす時代である。




陰謀論は,

●●は,証拠も残さないほど周到だ!とか,



権力に取り入り,本当のことは隠されている

という主張が主である。



事実についても,それに基づく主張についても,

反論可能性がまるでなく,思考停止となるのが「陰謀論」である。

陰謀論には,真の真実に近づくような努力さえもないのが普通である。

単に,「真実である!」とするだけである。



裁判上では,証拠づけることができない事実に基づく主張は,恥ずかしいものとされる。

一般的にも「陰謀論」は,そういえる。



陰謀論振りかざすことは,恥ずかしい

「陰謀論」でないというのであれば,証拠を出せ!



という

基本的態度が必要である。

Last updated 2010.02.14 12:36:54