2012年12月6日木曜日

外国人参政権(5)無理矢理最高裁を擁護してみるpart2・・・許容できる法律は可能か

外国人参政権(5)無理矢理最高裁を擁護してみるpart2・・・許容できる法律は可能か
[ カタク書いてみる ]

Last updated 2010.02.19 09:20:54
http://plaza.rakuten.co.jp/utuboiwa/diary/201002180003/




最高裁の傍論といわれる判示は,

その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべくその措置を講じなくてはならないという。

これを逆から読めば,


憲法が最低限の制度として保障した

住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務に地方自治に留めるように権限等を

法律により縮小すべく,立法の措置を講じた上で,外国人に参政権を認めるか,



それとも,

参政権を外国人に認めるのならば,
住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務

のみに,その意思が及ぶような立法の措置を講じなければならない

と読める。

そうでなければ禁止である

といっていると素直に読めば,そうなる。




現実的にいえば,

地方自治は拡大傾向にあり,その権限を縮小するというのは時代の流れに沿っていない。

地方自治の権限は拡大一方である。

地方自治の権限の拡大と,

最高裁が許容する外国人参政権付与とは矛盾する関係にあるともいえる。




現実には,地方自治は,

住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務

だけをしておらず,そのまま,外国人に,地方参政権を認めれば,

住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務

のみに意思を及ぼすことは極めて困難である。



最高裁は,

それでも立法の措置を講じることができるのならば,してもよい

(できるならば,してみれば?)

と読める。



一般にいう外国人参政権・賛成論者,許容説論者は,

単に,外国人に地方参政権も認めることができる

で終わっている。



しかし,それでは,最高裁がいう要求を充たしていない。



どのような形で,

国民主権の原理

に抵触しないように,

その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理のみに反映することができるような

立法の措置を講じているのかが分からないのである。





敢えて考えよう。例えば,

外国人が一票でも入って当選した議員は,

日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理

のみの議決ができ,

国民主権の原理に関わる議決はできない

という立法措置ならばどうか。



しかし,選挙権は,議決だけの問題ではない。

選挙権は,他の法律によって,

国民主権の原理に関わるものが,かなり数多くある。

司法を担う裁判員や検察審査会の審査委員も選挙名簿から選任される。





最高裁の要請によれば,これらをも全て改正して,

国民主権の原理

に関係がないように,

日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理

のみに関わるような

立法上の措置を講じることが必要となるはずである。



勿論,例えば,選挙人名簿を使えないとすれば,どのような形で裁判員を選出するか,

というような,あらゆる分野に多岐にわたる新制度設立的な法律を発見駆使しなければならない。



しかも裁判員は,これも国民主権の原理から国民しかなれないにも関わらず,選挙人名簿には,外国人が入っているという改正をしているから,これも使えない。





最高裁は,その傍論だけをみれば,

許容説といえば,許容説である。

ただ,許容されるために必要なハードルは極めて高い。



現在の地方自治を根幹から変えるか(権限の縮小方向へである)



からみあい複雑多数の国民主権に関わる部分を排除した革命的で,

かつ,工夫された多数の法律の改正が必要である。





一般にいう,許容説のイメージとはかなり異なり,地方自治への外国人参政権は,

正に国のあり方を根本から変えるぐらいの努力が必要となる。



単に,参政権を外国人に与えます

では,最高裁の高い許容のレベルを超えない。



最高裁の許容説は,

不可能的許容説,

実質禁止説

とも呼んで良いくらいである。

Last updated 2010.02.19 09:20:54


H22.6.18現在のコメント
この見解は,最高裁判例を素直にみて書いたものですが,
かつて外国人参政権許容説の旗手
長尾一紘教授が,述べているところと同旨と考えます。

長尾教授は,
論文「外国人の選挙権導入は憲法に違反する」
http://www.yomiuri.co.jp/adv/chuo/opinion/20100215.htm
で,
「もともと、国政選挙は許されないが、地方選挙ならば許されるとの見解(許容説)は、国政と地方との切り離しが可能であることを前提としています。ところが、この数年の間にこの切り離しができないことが常態になっています」
と述べています。

最高裁の許容説も,切り離しが可能ならばという限定がついた
不可能的許容説に他なりません。

長尾教授は,この最高裁判例にも影響を与えたとも言われており(控え目に表現していますが,論理の運びや教授・学説のインパクトによる影響から考えて断定してもよいと考えます),この長尾教授の改説は,外国人参政権付与,少なくとも,単なる付与法案が違憲であること,賛成説に決定的な打撃を与えたといえましょう。


切り離さずして単純に与える法案は,最高裁判例が提示する
許容説では,到底説明ができません。