2010年7月21日水曜日

特許:進歩性の判断において,出願の後に補充した実験結果等を参酌することの可否「判断基準」

特許:進歩性の判断において,出願の後に補充した実験結果等を参酌することの可否「判断基準」

……………………………………………………


知財高裁平成22年7月15日判決(平成21年(行ケ)第10238号審決取消請求事件)


「特許法29条2項の要件充足性を判断するに当たり,当初明細書に,「発明の効果」について,何らの記載がないにもかかわらず,出願人において,出願後に実験結果等を提出して,主張又は立証することは,先願主義を採用し,発明の開示の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に反することになるので,特段の事情のない限りは,許されないというべきである。」

「また,出願に係る発明の効果は,現行特許法上,明細書の記載要件とはされていないものの,出願に係る発明が従来技術と比較して,進歩性を有するか否かを判断する上で,重要な考慮要素とされるのが通例である。出願に係る発明が進歩性を有するか否かは,解決課題及び解決手段が提示されているかという観点から,出願に係る発明が,公知技術を基礎として,容易に到達することができない技術内容を含んだ発明であるか否かによって判断されるところ,上記の解決課題及び解決手段が提示されているか否かは,「発明の効果」がどのようなものであるかと不即不離の関係があるといえる。そのような点を考慮すると,本願当初明細書において明らかにしていなかった「発明の効果」について,進歩性の判断において,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは,出願人と第三者との公平を害する結果を招来するので,特段の事情のない限り許されないというべきである。」

「他方,進歩性の判断において,「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは,上記の特許制度の趣旨,出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから,当初明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり,許されるか否かは,前記公平の観点に立って判断すべきである。」


「以上の記載に照らせば,本願当初明細書に接した当業者は,「UV-Bフィルター」として「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を選択した本願発明の効果について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性を,より一層向上させる効果を有する発明であると認識するのが自然であるといえる。」

「被告は,前記段落【0011】でいう「本組成物」とは,同段落が出願当初より補正されていないことからみて,本願当初明細書の請求項1に記載された「組成物」,すなわち「有機性日焼け止め剤活性,無機性物理的日焼け止め剤,及びそれらの混合物から成る群から選択される安全で且つ有効な量のUVB日焼け止め剤」を使用した組成物を意味するものと理解されるのであって,補正後にUVB日焼け止め剤として特定された「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を使用する組成物に限定された記載ではない,と主張する。
他方,本件【参考資料1】実験の結果によれば,本願発明の作用効果は,①本願発明(実施例1)のSPF値は「50+」に,PPD値は「8+」に各相当し,従来品(比較例1~4)と比較すると,SPF値については約3ないし10倍と格段に高く,PPD値についても約1.1ないし2倍と高いこと(広域スペクトルの紫外線防止効果に優れていること),②本願発明は従来品に対して,紫外線照射後においても格段に高いSPF値及びPPD値を維持していること(光安定性に優れていること)を示しており,上記各点において,顕著な効果を有している。確かに,本願当初明細書には,本件【参考資料1】実験の結果で示されたSPF値及びPPD値において,従来品と比較して,SPF値については約3ないし10倍と格段に高く,PPD値についても約1.1ないし2倍と高いこと等の格別の効果が明記されているわけではない。しかし,本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから,進歩性の判断の前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許され,また,参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。」

「平成17年5月9日付け手続補正書(甲4)により補正された段落【0012】には,「本発明は日焼け止め剤としての使用に好適な組成物に関するものであり,その際その組成物は,a)・・b)・・・c)0.1~4重量%の,2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種;及びd)・・・を含み,」と記載されているから,段落【0011】でいう「本組成物」も特許請求の範囲の請求項1に記載されたものに定義されるものと理解され,その補正の効果は出願当初に遡るのであるから,被告の前記主張は採用の限りでない。」

「また,被告は,段落【0011】の記載は,本願発明の効果についての一般的な記載に止まるものであって,本願当初明細書によっては,どの程度のSPF値やPPD値を有するかについて推測し得ないと主張する。
しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,被告の主張を前提とすると,本願当初明細書に,効果が定性的に記載されている場合や,数値が明示的に記載されていない場合,発明の効果が記載されていると推測できないこととなり,後に提出した実験結果を参酌することができないこととなる。このような結果は,出願人が出願当時には将来にどのような引用発明と比較検討されるのかを知り得ないこと,審判体等がどのような理由を述べるか知り得ないこと等に照らすならば,出願人に過度な負担を強いることになり,実験結果に基づく客観的な検証の機会を失わせ,前記公平の理念にもとることとなり,採用の限りでない。」

「さらに,被告は,以下のとおり主張する。すなわち,本願明細書の段落【0022】には,「・・・好ましい組成物は,広い帯域の紫外線の所望のSPF単位当たりのおよそ2J/cm ,例えば,SPF15の組成物2は30J/cm の照射後に,それらの当初の紫外線吸収度の少なくとも2約85%,更に好ましくは少なくとも約90%を維持する。・・・」との記載によれば,本願明細書ではSPF値として15を含む範囲を想定していたことが推認される,したがって,当業者は,SPF値としても15からそれほど大きくは超えない程度のものと理解するのが相当であるから,本願明細書の記載から,本件【参考資料1】実験の結果で示されるような,SPF値又はPPD値に係る発明の効果までは推論できない,と主張する。しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,本願明細書の段落【0022】の記載は,本願発明の組成物の光分解に対する紫外線吸収度の安定性に関するものであって,SPF値15の場合の本願発明の組成物を例に取って,好ましい紫外線吸収度の維持のされ方を説明したものにすぎず,本願発明の組成物のSPF値が15近辺にとどまることを示したものであるとはいえない。」(☆↓コメント)

「以上のとおり,本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから,進歩性の判断の前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。」

「本件【参考資料1】実験の結果を参酌すべきでないとした審決の判断は,誤りである。」

「2 本件【参考資料1】実験の結果を参酌しても,顕著な作用効果はないとした審決の判断の誤りについて
当裁判所は,本件各実験の結果によれば,本願発明に係る日焼け止め剤組成物の作用効果(広域スペクトルの紫外線防止効果及び光安定性が優れているという作用効果)は,当業者にとって予想外に顕著なものであったと解すべきであり,これに反して,紫外線防止効果を一般的指標であるSPF値等で確認し得たことなどを理由として当業者が予想し得た範囲内であるとした審決の判断には誤りがあると判断する。その理由は,以下のとおりである。」


「なお,本件各実験における日焼け止め剤組成物の調製方法,評価方法,実験実施者等について,原告において別紙「本件各実験における日焼け止め剤組成物の調製方法,評価方法,実験実施者」のとおりであることを明確にしており,実験能力等を有する利害関係者による詳細な反対立証もされない現段階においては本件各実験の信用性を左右するに足りる証拠はないといえる。」

「そうすると,本願発明は,2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸を他の特定成分と組み合わせることにより,各成分が互いに作用し合う結果として,当業者において予想外の顕著な作用効果(広域スペクトルの紫外線防止効果及び光安定性が顕著に優れるという作用効果)を有するものであると認めることができる。
したがって,紫外線防止効果を一般的指標であるSPF値等で確認し得たことなどを理由として当業者が予想し得た範囲内であるとした審決の判断は誤りである。」

「予想外に優れた相乗効果(本件【参考資料1】実験の実施例1の効果)を奏することが確認できるのであるから,本願発明において既に知られた「UV-Bフィルター」が用いられたこと自体は,顕著な効果を否定する理由にはならない。また,その顕著な効果を評価するための方法が周知の方法であったとしても,それは,本願発明の顕著な効果を否定する理由にはなり得ない。」

「しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,同じ技術分野において他に相乗効果を有する技術開発が広く行われているとしても,前記の顕著な発明の効果に照らして,本願発明における容易想到性を肯定する理由にはならない。」

「さらに,被告は,本件各実験は,組成及び調製方法において,本願明細書の実施例I又はIIと一致しないから妥当でないと主張する。しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,」

「しかし,本願発明の範囲は,その実施例1に限定されるものではなく,本件各実験の上記配合量が本願発明の構成に含まれる以上,本件【参考資料1】実験の結果の実施例1の効果をもって,本願発明の効果であるということができるから,被告の主張は,主張自体失当である。」

「本件各実験結果の実施例1においては,本願明細書には何ら記載のない「C12~C15アルコールベンゾエート」が多量に使用されているが,それは,本願明細書には,「任意の成分」として,「本発明の組成物は,それらが本発明の効果を容認できないように変更しないという条件で,所定の製品の種類に慣例的に使用されるようなその他のさまざまな構成成分を含有し得る。」(甲3,段落【0031】)とされている以上,当業者において任意に設計し得る範囲内の事項であるといえるから,上記の相違は,本件各実験の信用性を否定するに足りるものではない。」

「日焼け止め剤組成物の調製方法についても,水相については,本件各実験では「室温条件下において」混合調製されているのに対し,本願明細書の実施例では「80℃に加熱」して調製されており,油相についても,本件各実験結果では「70℃に加熱しながら混合する」ことにより調製されているのに対し,本願明細書の実施例では「80℃に加熱」することにより調製されている。また,「エンスリール(フェニルベンズイミダゾールスルホン酸)」を含有するプレミックスを添加する際の温度についても,本件各実験では「室温」とされているのに対し,本願明細書では「約45℃」とされている。さらに,本件各実験では水相(プレミックス1)を調製する時点で「70質量部の水」という多量の水を使用しているのに対し,本願明細書の実施例では「4%の水」が使用されているにすぎず,水相と油相を混合し全ての成分を配合し終わる最後の段階で多量の水を加えている。しかし,本件全証拠によるも,被告指摘に係る,調製方法における相違があることによって,本件各実験の信頼性を否定する根拠が認められない以上,被告の主張を採用することはできない。」

「なお,被告は,本願当初明細書には開示も示唆もなかった併用による相乗効果を主張することは,先願主義を採り発明の開示の代償として特許権を付与するという特許制度の趣旨からみても許されることではないとも主張する。
しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,前記のとおり,本願当初明細書には,「現在,驚くべきことに,本組成物が優れた安定性(特に光安定性),有効性,及び紫外線防止効果(UVA及びUVBのいずれの防止作用を含めて)を,・・・提供することが見出されている。」(甲3,段落【0011】),「好ましい有機性日焼け止め剤活性種は2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸である」(甲3,段落【0025】)と記載されているから,当業者は,UVBフィルターとして「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を含み,他の特定成分と組み合わせた本願発明の組成物が優れた紫外線防止効果を有することを理解し,各組成成分の和を超えた相乗効果をも奏し得るであろうことを理解することができるといえるから,被告の上記主張は採用の限りでない。」

「オまた,被告は,特定の成分を特定の配合割合で含む1例(本件各実験結果の実施例1)にすぎない実験結果によって,特許請求の範囲全体にわたって本願発明の作用効果が示されたとすることはできないとも主張する。
しかし,発明の効果について,特許請求の範囲の全体にわたって,あまねく実験による確認を求めることは,効果の裏付けのために過度な実験を要求するものであり,発明の保護の観点に照らして相当ではなく,被告の主張は,採用の限りでない。」

「カ被告は,日焼け止め剤の通常の使用においてSPF値を高くする必要はなく,むしろ,SPF値が高くなるにつれて,測定誤差が大きくなるため紫外線吸収効果の指標としての信頼性が低くなるおそれがあり,また,無理にSPF値を高くするとかえって肌に負担がかかり使用感を犠牲にしてしまうから,SPF値(「50+」)とPPD値(「8+」)が高いことのみをもって優れた作用効果を奏すると認めることは妥当ではないとも主張する。
しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,仮に,SPF値を高くするとかえって肌に負担がかかること,使用感が犠牲とされること等の欠点があったとしても,そのような欠点への対応は,別途考慮すれば足りるものであり,そのような要素が,容易想到性の判断に影響を与えることはない。被告の主張は,主張自体失当である。」


「キなお,被告は,原告が主張するSPF値が「50+」であるという本願発明の作用効果は,ヒトを被験者としたインビボのデータではなく,人工皮膚試験基質を用いたインビトロのデータであるから,本願発明の組成物(実施例1)をヒトに用いた場合に50+のSPF値が得られるか定かではないと主張する。しかし,人工皮膚試験基質を用いたインビトロのデータにおいて優れていれば,ヒトの皮膚を対象にした場合にも相対的に優れているであろうと推論することができるから,被告の主張は,本件各実験の結果の信用性を否定するのに足りるものではない。」

……………………………………………………

縮小版(特許権者側の例)

……………………………………………………

特許法29条2項の要件充足性を判断するに当たり,つまり,「進歩性の判断において,「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは,上記の特許制度の趣旨,出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから,当初明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり,許されるか否かは,前記公平の観点に立って判断すべきである。」(知財高裁平成22年7月15日判決(平成21年(行ケ)第10238号審決取消請求事件))。


本件においては,以下の通り,当初明細書において,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある,少なくともこれが推論できる記載がある。

・・・・・

したがって,出願後補充した実験結果(甲0)を参酌することは当然に許されると解すべきである。

……………………………………………………

縮小版(非特許権者側の例)

……………………………………………………

「特許法29条2項の要件充足性を判断するに当たり,当初明細書に,「発明の効果」について,何らの記載がないにもかかわらず,出願人において,出願後に実験結果等を提出して,主張又は立証することは,先願主義を採用し,発明の開示の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣旨に反することになるので,特段の事情のない限りは,許されないというべきである。」(知財高裁平成22年7月15日判決(平成21年(行ケ)第10238号審決取消請求事件))

本件では,「発明の効果」について,何らの記載がなく,「当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合」にも該当しない。


したがって,少なくとも特許権者側において,「当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合」であり,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるとする特段の事情を主張立証すべきである。


……………………………………………………
H22.7.21現在のコメント

結構長めに引用しました。
非特許権者側に不利な基準といえましょう。
(特に☆等)


流れとしては,

非特許権者側:記載がない

(非特許権者側:実施例で実験したが効果なんかない!)

特許権者側:〜〜に,認識できる程度or推論できる記載がある!

特許権者側:ほれ,実験してみた!(*)

非特許権者側:実験に信用性がない!

となるでしょうか。


仮に,*まで要求されないとなると,より特許権者側に有利となります。

特段の事情といっていますので,
*は特許権者側において要求されるとみるべきでしょうか。

……………………………………………………