2011年1月14日金曜日

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** 特許:新規事項の追加(新規追加事項として認める),独立特許要件違反,進歩性(認めず):
知財高裁平成22年12月28日判決(平成22年(行ケ)第10110号審決取消請求事件)

*** 判決原文(引用)・・・知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」

3 審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,審決は,①本件補正は,新規事項の追加及び独立特許要件違反に当たり許されない,②本願発明は,実願昭55-24277号(実開昭56-128387号)のマイクロフィルム(以下「引用文献1」という。なお,引用文献1の第2図,第3図は,それぞれ別紙図面4,5のとおりである。)記載の発明及び特開昭54-104145号公報(以下「引用文献2」という。なお,引用文献2の第2図,第3図は,それぞれ別紙図面6,7のとおりである。)記載の技術に基づいて,容易に発明をすることができたものであるから,特許を受けることはできないとするものである。

(1) 審決は,上記結論①を導くに当たり,引用文献1記載の発明,同発明と本願補正発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。

ア引用文献1記載の発明

実質的に円形の断面を有する複数のワイヤロープ6から成る一連のワイヤロープ6がつり合いおもり8および乗りかご7を懸垂し,溝11を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,高摩擦材13で被覆されたトラクションシーブ本体3であり,該トラクションシーブ本体3はトラクションマシン1によって駆動されて前記一連のワイヤロープ6を動かすエレベータにおいて,前記トラクションシーブ本体3は前記一連のワイヤロープ6と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段は,前記トラクションシーブ本体3の表面の高摩擦材13が失われた場合,該トラクションシーブ本体3が前記ワイヤロープ6によって溝11の接触部14で接触されこの部分で摩擦力を得ることにより該ワイヤロープ6を把持する安全確保手段であるエレベータ(以下「引用文献1記載の発明1」という。)。

イ本願補正発明と引用文献1記載の発明1の一致点実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープから成る一連の巻上ロープがカウンタウェイトおよびエレベータカーを懸垂し,綱溝を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,摩擦係数を増大させる材料で被覆されたトラクションシーブであり,該トラクションシーブは駆動装置によって駆動されて前記一連の巻上ロープを動かすエレベータにおいて,前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して安全確保手段を形成し,該安全確保手段は,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合,該トラクションシーブが該巻上ロープを把持する安全確保手段であるエレベータ。

ウ本願補正発明と引用文献1記載の発明1の相違点

トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合の安全確保手段に関し,本願補正発明では,「少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して材料のペアを形成し,該材料のペアは」,「該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して該巻上ロープを把持する材料の組み合わせである」のに対し,引用文献1記載の発明では,「前記トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)は前記一連のワイヤロープ6(巻上ロープ)と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段は」,「該トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)が前記ワイヤロープ6(巻上ロープ)によって溝11の接触部14で接触されこの部分で摩擦力を得ることにより該ワイヤロープ6(巻上ロープ)を把持する安全確保手段である点。

(2) また,審決は,上記結論②を導くに当たり,引用文献1記載の発明,同発明と本願発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。

ア引用文献1記載の発明

実質的に円形の断面を有する複数のワイヤロープ6から成る一連のワイヤロープ6がつり合いおもり8および乗りかご7を懸垂し,溝11を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,高摩擦材13で被覆されたトラクションシーブ本体3であり,該トラクションシーブ本体3はトラクションマシン1によって駆動されて前記一連のワイヤロープ6を動かすエレベータにおいて,少なくとも前記トラクションシーブ本体3は前記一連のワイヤロープ6と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段によって,前記トラクションシーブ本体3の表面の高摩擦材13が失われた後に,前記ワイヤロープ6は前記トラクションシーブ本体3に溝11の接触部14で接触されて溝11に直接入り込むエレベータ(以下「引用文献1記載の発明2」という。)。

イ本願発明と引用文献1記載の発明2の一致点

実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープから成る一連の巻上ロープがカウンタウェイトおよびエレベータカーを懸垂し,綱溝を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,摩擦係数を増大させる材料で被覆されたトラクションシーブであり,該トラクションシーブは駆動装置によって駆動されて前記一連の巻上ロープを動かすエレベータにおいて,少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して安全確保手段を形成し,該安全確保手段によって,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後に,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに入り込むエレベータ。

ウ本願発明と引用文献1記載の発明2の相違点

トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後の安全確保手段に関し,本願発明では,少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して材料のペアを形成し,該材料のペアによって,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込むのに対し,引用文献1記載の発明では,少なくとも前記トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)は前記一連のワイヤロープ6(巻上ロープ)と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段によって,前記ワイヤロープ6(巻上ロープ)は前記トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)に溝11の接触部14で接触されて溝11に直接入り込む点。

第3 取消事由に関する原告の主張

第5 当裁判所の判断

 当裁判所は,本件補正の適否については,本件補正は明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであり,審決がこれを却下したことに誤りはないが,本願発明の容易想到性判断については,本願発明は引用文献1記載の発明2及び引用文献2記載の技術から容易に想到できたとはいえず,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1 取消事由1(本件補正の適否に係る判断の誤り)について

本件補正は,本願発明の特許請求の範囲(請求項1)について,「該材料のペアによって,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後に,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込むことを特徴とするエレベータ」を「該材料のペアは,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合,該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して該巻上ロープを把持する材料の組み合わせであることを特徴とするエレベータ。」とするものである。そこで,本件補正における付加変更された部分が,旧特許法17条の2第3項所定の「明細書又は図面・・・に記載した事項の範囲内」であるか否かについて判断する。

(1) 当初明細書等には,以下の記載がある。

「本発明のエレベータでは,被覆材を設けたトラクションシーブまたは少なくともその外側リムは,トラクションシーブ表面の被覆材が失われた後にトラクションシーブに巻上ロープを食い込ませる材料で作られている。トラクションシーブは,トラクションシーブ材料にロープを効果的に食い込ませる材料で作られる。このように,巻上ロープがトラクションシーブ材料に食い込むため,トラクションシーブの被覆材が失われたり損傷を受けたりといった異常事態となっても,エレベータは必要な把持力を保持することができる。トラクションシーブおよび巻上ロープは,このように,トラクションシーブ表面の被覆材が失われたという事態となってもトラクションシーブとロープとの間に十分な把持力が得られるように選択された材料のペアを形成する。かかる材料のペアによれば,巻上ロープはトラクションシーブに食い込むため,巻上ロープとトラクションシーブとの間にはエレベータの運転に必要な把持力が生成される。巻上ロープの材料より柔軟で,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませる材料より柔軟な材料をトラクションシーブに使用すると,巻上ロープを保護する効果が得られる。巻上ロープ自体が損傷を受けることはまずないため,巻上ロープはその特性を維持しながらトラクションシーブ材料に食い込む。本発明による方式では,巻上ロープは,トラクションシーブの材料に食い込む硬質な細いワイヤで作られていて,これにより巻上ロープとトラクションシーブとの間には十分な把持力が保持される。巻上ロープのワイヤは非常に硬質な材料,特に細いスーパーストロングロープで作られているため,例えば軟鋼,アルミニウム,鋳鉄,真鍮または他の材料など,トラクションシーブ材料として妥当なものを用いることによって,トラクションシーブ表面の被覆材が失われた後でも,巻上ロープとトラクションシーブとの間に十分な把持力を生成することが可能である。上述のように巻上ロープをトラクションシーブ自体に食い込み可能とさせるのと同様の方式で巻上ロープを食い込み可能とさせる挿入体を,トラクションシーブの被覆材の下に加えることによっても,トラクションシーブと巻上ロープとの間に十分な把持力を確保することが可能である。この場合は,トラクションシーブと巻上ロープとで,巻上ロープをトラクションシーブ材料に食い込ませる材料のペアを形成する必要はない。その代わりに,加えられた挿入体が,巻上ロープと共同して懸案の材料のペアを形成する。トラクションシーブ表面の摩擦係数を増大させる被覆材を喪失した場合における,トラクションシーブと巻上ロープとの間の十分な把持力は,トラクションシーブ材料中,綱溝の被覆材の下にざらざらした粗い領域を設けることによっても確保可能であり,この領域は巻上ロープと接触すると十分な把持力を生成する。本発明の目的は,トラクションシーブ表面の被覆材が失われ,あるいは損傷を受けるという問題の異常事態となっても本発明によるエレベータを最適な形で長時間運転させるということではなく,本発明による方式によって必要な期間だけエレベータを安全に動作させることである。これはエレベータの安全装置であり,上述の異常事態においてエレベータが確実に一時的に安全な動作を行うよう,設計されている。トラクションシーブの被覆材が失われ,あるいは損傷を受けた場合におけるトラクションシーブと巻上ロープとの間の把持力は,一時的に得られる特性である。つまり,被覆材が損傷を受けた後は,可能な限り早期にエレベータを保守点検する必要がある。本発明によるエレベータまたはトラクションシーブには,トラクションシーブの被覆材が失われ,あるいは損傷を受けたことを示す信号を生成する検出装置を設けてもよい。この検出装置によって,トラクションシーブの被覆材の損傷についての情報が得られる。」(甲3・【0006】)


(2) 「食い込む」及び「破損」の一般的な意味は,次のとおりである。すなわち,「食い込む」とは,「①深く内部に入り込む。②他の領域へ入りこんで侵す。侵入する。」ことを意味し(甲16。広辞苑第三版),他方,「破損」とは,「やぶれ損ずること。こわれること。」を意味する(乙1。広辞苑第四版)。


そして,上記(1)の「トラクションシーブは,トラクションシーブ材料にロープを効果的に食い込ませる材料で作られる。」,「巻上ロープの材料より柔軟で,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませる材料より柔軟な材料をトラクションシーブに使用すると,巻上ロープを保護する効果が得られる。巻上ロープ自体が損傷を受けることはまずないため,巻上ロープはその特性を維持しながらトラクションシーブ材料に食い込む。」などの詳細な説明部分を前提とするならば,当初明細書等に記載された「前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込む」とは,せいぜい,巻上げロープがトラクションシーブの内部に,入り込むことを意味するものであって,トラクションシーブを欠損させたり,亀裂を入れたり,傷つけたりするなどの態様で変化させることを含む意味として,説明されていると理解することはできない。そうすると,本願補正において「該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して」と付加変更された部分は,巻上ロープがトラクションシーブを部分的にこわすことを意味し,トラクションシーブが欠損したり,亀裂が入ったり,こわれたりする状態に至ることを含むものと理解すべきであるから,本件補正は,本件補正前の明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものというべきである。


(3) これに対し,原告は,審査官は,「食い込む」を,ロープがトラクションシーブを損傷させるという意味で用いていたにもかかわらず,これを無視した審判手続きないし審決は妥当を欠くと主張する。しかし,審査官が,「食い込む」を,ロープがトラクションシーブを損傷させるという意味で用いていたとは認め難い(甲4,7参照)。また,拒絶査定不服審判において,補正の適否について判断する場合に,審判官が審査官の文言解釈に拘束されるべき理由もない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。また,原告は,本件補正が認められなければ,原文明細書等の「bite(s) into」を的確な表現に補正する機会が得られないことになり,国際出願日において原文明細書等に外国語で明確に記載された発明について審査を受けることができなくなると主張する。しかし,原告は,原文明細書等の「bite(s) into」について,旧特許法17条の2第2項に基づき,誤訳訂正を目的とする補正を行う機会がありながら,これを行わなかった以上,翻訳文が出願当初の明細書とみなされ(特許法184条の6第2項),補正は当該翻訳文の範囲内で行う必要があるから,原告の上記主張も採用することができない。


したがって,その余の点について判断するまでもなく,審決が,本件補正を却下したことに誤りはない。

2 取消事由2(本願発明についての容易想到性判断の誤り)について

原告は,審決の引用文献2記載の技術の認定には誤りがあり,本願発明は,引用文献1記載の発明及び引用文献2記載の技術に基づいて容易に想到することができるものとはいえないと主張する。当裁判所は,原告の上記主張には理由があり,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(1) 当初明細書等の記載

当初明細書等(甲3)には,本願発明に関し,以下の事項が記載されている。すなわち,従来のトラクションシーブエレベータの運転は,巻上ロープであると同時に懸垂ロープでもあるスチールロープが金属製のトラクションシーブによって動かされる方式に基づいており,トラクションシーブから巻上ロープへ与えられる駆動力と,制動時におけるトラクションシーブを用いた制動力とは,トラクションシーブと巻上ロープとの摩擦によって伝達される(段落【0001】)。巻上ロープによって伝達される摩擦係数及び把持力は,トラクションシーブの綱溝の形状を加工するか,綱溝に被覆材を設けることにより増加させることができるが,火事などの異常事態において,トラクションシーブ表面の被覆材が燃えたり溶けたりして破壊されると,トラクションシーブと巻上ロープとの摩擦係数及び把持力は不十分なものとなり,エレベータ動作が制御不能となり,危険な事態が生ずる(段落【0002】)。このような問題に対応するため,トラクションシーブの被覆材の下に歯形を設けて,トラクションシーブと巻上ロープとの間に,被覆材が破壊された後も良好な把持力を確保する方式が公知であるが,かかる方式では,被覆材が消失すると巻上ロープが直接トラクションシーブに接触するため,負荷が大きいと,巻上ロープが損傷を受け,切断の危険がある上,切断を免れたとしても,トラクションシーブと巻上ロープの両方を交換する必要が生じ,相当なコストがかかる(段落【0003】)。本願発明は,上記問題を解決するため,トラクションシーブの被覆材が消失したり,損傷を受けたりするという異常事態となった場合,エレベータを最適な形で長時間運転させるということではなく,必要な期間だけ安全に動作させることを目的として,トラクションシーブと巻上ロープとの間に十分な把持力が得られるように選択された材料のペアを形成する(段落【0004】【0006】)。かかる材料のペアによれば,トラクションシーブの被覆材が消失したり,損傷を受けたりするという異常事態においても,巻上ロープは,トラクションシーブに食い込むため,トラクションシーブと巻上ロープとの間に十分な把持力が得られ,エレベータの機能及び信頼性が保証される上,トラクションシーブに使用する材料を巻上ロープの材料より柔軟にすると,巻上ロープ自体が損傷を受ける可能性が相当小さいため,多くの場合,トラクションシーブを交換すればよく,巻上ロープを交換する必要がないため,相当にコストが削減できるという効果を奏する(段落【0006】【0007】)。

(2) 引用文献1の記載

これに対し,引用文献1(甲1)には,引用文献1記載の発明2に関し,以下の事項が記載されている。すなわち,トラクションシーブ本体の溝にゴムなどによる柔軟性のある高摩擦材を取り付けたシーブでは,アンダーカット形トラクションシーブに比べてシーブやロープの摩耗が少なく,振動,騒音の減少を図れるものの,高摩擦材が疲労寿命,高負荷による破壊などのため欠落した場合,速度制御が不能となり,安全装置を作動させてしまうなどの危険があった(1頁13行~3頁9行)。引用文献1記載の発明2は,シーブ本体からゴム材等の高摩擦材が欠落してもエレベータ積載荷重を確保できるトラクションシーブを提供することを目的とする(3頁10~17行)。引用文献1記載の発明2は,何らかの原因によって高摩擦材が欠落した場合であっても,ワイヤロープがU字形ないしV字形のトラクションシーブ溝の接触部で接触し,この部分で摩擦力を得ることにより,エレベータ積載荷重を確保できるトラクションシーブである(5頁2行~6頁2行)。

(3) 引用文献2の記載

引用文献2(甲2)には,以下の事項が記載されている。すなわち,エレベータのシーブには,ロープがはまり込む溝をV溝あるいはアンダーカット溝にして,ロープが溝底と接触せず,溝の側面と接触させることにより,くさび効果を利用してロープとシーブとの接触面圧を高める方法がある。かかる方法では,くさび効果によりシーブとロープの摩擦力が大きくなるが,逆に摩耗を促進し,寿命が短くなるという欠点があった(1頁右下欄18行~ 2頁左上欄13行)。このシーブの溝部の硬度は,摩耗に対して極めて影響することが知られており,硬度が低いとシーブの摩耗が促進され,硬度が高いとロープの摩耗が促進され,やがてロープを構成している細い素線の断線事故に発展する(3頁左下欄6~15行)。実験により素線断線したロープを分析したところ,ロープを構成している外層線が,シーブとの繰返し接触により徐々に塑性変形し,その表面層が加工硬化してもろくなり,やがて断線に至る,いわゆる塑性変形による粘性摩耗であることが判明した(4頁左上欄8~17行)。また,実験結果から,ロープの所定硬度に対し,シーブの硬度が一定以上になると,ロープの硬度がシーブの硬度に打ち負けて塑性変形し,やがて素線断線に至ることから,シーブの耐摩耗性を向上させるためシーブの硬度を高くするためには,同時にロープの素線硬度も高くする必要性があることが判明した(4頁左上欄18行~4頁右上欄20行)。そこで,引用文献2記載の技術においては,シーブの溝部の硬度をHB280㎏/㎟以上,ロープの外層線の硬度をHv400㎏/㎟以上とし,かつシーブの硬度をロープの外層線の硬度以下とすることにより,シーブとロープの摩耗寿命を大幅に向上させるとの効果を奏する(特許請求の範囲の請求項1, 4頁右下欄9行~5頁左上欄3行)。

(4) 判断

ア前記(1)によれば,本願発明は,トラクションシーブの表面の被覆材が破壊されたり,消失したりするような異常事態となっても,エレベータの運転に必要な把持力を一時的に確保するように,材料のペアを形成するものであり,被覆材が破壊ないし消失してトラクションシーブとロープが接触すると,巻上ロープに加わるエレベータとカウンタウェイトの応力により,即時にトラクションシーブが変形し,巻上ロープがその中に食い込むことにより,エレベータの落下事故などを防止することを解決課題とするものであって,その解決のために,第2の2(1)記載の構成を採用した。

他方,前記(2)によれば,引用文献1記載の発明2は,トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合に,巻上ロープがトラクションシーブに入り込んで把持力を確保し,トラクションシーブと巻上ロープが共同して安全確保手段を形成する点では,本願発明と一致しているものの,その構成は,U字形ないしV字形のトラクションシーブ溝の接触部で,くさび効果により,ロープとの強い摩擦力を得ることにより,エレベータの落下事故などを防止するものであって,「材料のペア」及び「即時のトラクションシーブの変形」に関する技術思想の記載又は開示はない。また,前記(3)によれば,引用文献2記載の技術においては,トラクションシーブの表面に被覆材がなく,トラクションシーブの溝の側面のみが,常にロープと接触する溝形状としたエレベータにおいて,巻上ロープ外層線がシーブとの繰り返し接触により徐々に塑性変形し,表面層が加工硬化してもろくなり,やがて断線に至ることを防止し,より耐摩耗性を高めることを解決課題として,シーブ及びロープの硬度を所定以上のものとする等の構成を採用したものである。

以上のとおり,本願発明は,異常事態が発生した場合に,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませ,シーブとロープとの間に十分な把持力が得られるようにして,エレベータの機能及び信頼性を保証させるものであり,異常事態が発生したときにおける,一時的な把持力の確保を図ることを解決課題とするものである。また,引用文献1記載の発明2も,本願発明と同様に,何らかの原因よって高摩擦材が欠落するような異常事態が生じた場合を想定し,その際,ワイヤロープがU字形またはV字形のトラクションシーブ溝の接触部で接触し,この部分で摩擦力を得ることによって,エレベータ積載荷重を確保させることを解決課題とする発明である。これに対して,引用文献2記載の技術は,上記のような異常事態が発生した場合における把持力の確保という解決課題を全く想定していない。そうすると,本願発明における引用文献1記載の発明2との相違点に関する構成に至るために,引用文献2記載の技術を適用することは,困難であると解すべきである。

イこれに対し,被告は,引用文献2には,「シーブ3の摩耗寿命は1.8~2.0倍に向上し」との記載があり,シーブの摩耗寿命が向上しているものの,なお摩耗寿命はあり,シーブが多少なりとも摩耗するものであること,また,引用文献2記載の技術においても,シーブにはロープから応力がかかることになり,硬度の高いロープが硬度の低いシーブの溝を摩耗させることにより,ロープがシーブの内部に入り込むことに照らすならば,食い込む状態になると主張する。


しかし,被告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。すなわち,本願発明は,「食い込み」が生じる場合について,「摩擦係数を増大させる材料で被覆されたトラクションシーブ」を駆動装置に対して用いたエレベータにおいて,「被覆材が失われた後に」と特定しており,緊急事態に対応する場合であることが特定されているものと理解するのが合理的である。そうすると,長時間エレベータを使用した結果,経年変化によって摩耗が生じることと,トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合に巻上ロープがトラクションシーブに食い込むこととは,その前提において相違し,材料のペアを選択することによって確保しようとする目的においても相違するというべきであり,したがって,技術的な意義を異にすると解するのが合理的である。

なお,被告は,本願補正発明についてではあるが,トラクションシーブの被覆材は,ロープの最大応力に耐えられるものの,トラクションシーブ本体は,ロープの最小応力にすら耐えられないような構成を想定することは困難である,当初明細書等には,綱溝形状によってロープが効果的に溝に食い込むことや,被覆材の下に設けた平行溝によってロープが確実に食い込むことが記載されているものの,トラクションシーブが最小応力にすら耐えられずに破損するのであれば,このような綱溝形状や平行溝を設ける意味はないなどとも主張する。しかし,トラクションシーブは,表面に被覆材を備える場合,ロープの応力を面として受け,その力がトラクショ+ンシーブにも面として伝えられるのに対し,被覆材が消失した場合,ロープの応力を線として受けることになるから,トラクションシーブの被覆材は,ロープの最大応力に耐えられるものの,トラクションシーブ本体は,ロープの最小応力に耐えられないような場合を想定することは困難とはいえない。また,本願発明において,ロープを効果的に溝に食い込ませる形状の綱溝や被覆材の下に平行溝が設けられているとしても,なおトラクションシーブに巻上ロープが食い込むことにより把持力が高まるとの構成が排除されるわけではない。

したがって,被告の上記主張は採用することができない。

ウ以上のとおり,本願発明は,引用文献1記載の発明及び引用文献2記載の技術に基づき,容易に着想することができたとはいえない。

3 結論

以上によれば,原告の主張する取消事由1には理由がないが,取消事由2には理由があり,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあることになる。
よって,原告の請求は理由があるから,主文のとおり判決する。

*** 縮小版(なし)・H220104現在の若干のコメント

・新規事項追加判断
とにかく明細書の記載と一般的な文言の「言葉の意味」が重要です。この「言葉の意味」を,「広辞苑」等極めて一般的辞書で立証するのは普通の方法です。最近の私の判決でもありました。
・進歩性判断
進歩性判断は,特許関係の中でもとても難しいです。ただ,いずれにしても,明細書の記載がまず第一の出発点となります。明細書の記載を,どれだけ,客観的に読めるかが,どちらが客観的にみているかが勝負となります。

「引用文献2記載の技術は,上記のような異常事態が発生した場合における把
持力の確保という解決課題を全く想定していない。そうすると,本願発明にお
ける引用文献1記載の発明2との相違点に関する構成に至るために,引用文献
2記載の技術を適用することは,困難であると解すべきである。」(知財高裁
平成22年12月28日判決(平成22年(行ケ)第10110号審決取消請
求事件)

今回の肝は,ここです。

実は,「知財高裁平成22年12月28日判決(平成22年(行ケ)第10110号審決取消請求事件)」というのを敢えて最後に,二回入れることで,引用をしやすくしています…別に肝とまでもいえないかもしれないし。この判決書きの書き方(もしくはこれに近く)でなく,準備書面等に耐えない書き方で紹介されても価値は半減します。

一般人向けにはいいかもしれませんが,例えば,判決日だけとかの紹介だと,全く使えません。二度手間です。


この紹介は,私が使うために書いています。


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